今更自担に堕ちた理由とか書いてみようかと思った。

先に言っておきます。

グダグダとした自分語りです。

 

私が村上信五という人を知ったのは、2003年頃だった。

中学生になりたて。少し夜更かしが許されるようになって、ぼんやり見たほんじゃにで関ジャニ∞を知り、村上信五を知った。

その時の印象は、「あんまりかっこよくない」だったし、「内くんかっこいい!」が勝っていた。

時は経ち、2004年。関ジャニ∞がデビューした。ほんじゃにで面白かった彼らをHEY!3で見られるのを期待した私。見終わった後、期待していた人とは思えぬ感想を抱いた。

「村上、横山、うるさい」

彼ら自身も当時はやいやいやかましかったと振り返るとはいえ、今では信じられない感情。昔の私に言ってやりたい。10年後、お前はこの人にとんでもない金額を費やしてるぞと。

ほんじゃには面白かった。時に真剣に、時に全力でふざけながら様々なスポーツに打ち込む彼らは毎週の楽しみだった。でも、ゴールデン番組では相変わらず喧しく滑り散らかす彼らは、正直なんだか恥ずかしくて見ていられなかった。そうこうしているうちに、大好きな内くんがいなくなった。

見方ががらっと変わったのは2006年と、2008年。高校入学してすぐと、高校3年生の冬。

風の噂と、確かな史料で、私は知らず知らずのうちに、丸山隆平錦戸亮の後輩になっていた。特に丸山さんは、専攻も一緒の舞台芸術専攻。一気に見る目が変わった。あのテレビに出ている人は、私の大先輩なんだ。

とはいえ在学期間が被っている訳ではない。丸山さんを指導した先生や、丸山さんにギターを教えた顧問の先生の話を聞くだけでは、ただのおとぎ話に聞こえなくもない。そんな時、高校3年生の冬の文化祭だった。急にあのアイドルがプライベートで遊びに来たのだ。

その時のことは鮮明に覚えてる。丸山先輩(当時は直接許可を得て、まるちゃん先輩と呼んでいたが、もう昔過ぎて覚えられてなさそうだしもう恥ずかしくて呼べない)は、気さくに色んな教室に回っては、ステンドグラス製作を手伝ったり、エイターの女生徒がびっくりして泣き出せばハグをしたり、本番を明日に控えた後輩バンドへアドバイスをしたりしていた。なんなら、ドラムを先生がやるため不在だったのを、1度曲を聴いただけで軽く叩いてみせたらしい。

他にも話し足りないくらいエピソードはあるけど、そんな神対応を見せた「先輩のいる」関ジャニ∞は、一気に身近な尊敬する芸能人になった。その後はなるべく番組も見た。上京してジャニ勉がないと知り悔しがったし、冒険JAPANで山田が地元の三重に来ていたのを見て、ロケ地巡りみたいなこともした。

さらに時は経ち2013年。女優になる夢を抱いて上京し、5年目のある日。10年来のヲタ友である人がmixiに上げた日記が私の人生を大きく変えた。

関ジャニ∞京セラドーム公演のオーラスの交換または譲りを探してる」

私はそのチケットを譲ってもらった。

日本のエンターテインメントの最高峰にあり続けるジャニーズの、ましてや先輩のステージ。何か盗めるものがあるんじゃないか。学べることがあるんじゃないか。そう思って行くことを決めた。

行くからにはちゃんとセットリストを知ろうと、アルバムも借りて、セットリストにある曲の振付けは覚えていった。セットリストを調べた時に見かけた、少プレのライブリポには、めちゃくちゃ驚く映像があった。

それは、Sorry Sorry Loveを踊る村上信五。正直、踊り方がどタイプだった。でもまさか。あのうるさくてどう見てもガサツそうな村上が。

ぼんやりとその映像が頭の中から離れないまま、初めてのジャニーズの現場に入った。

映像であまりに印象づいていたあの曲は、やっぱり私の視線を村上信五に連れていった。そしてその日、未来の自担はこう歌った。

「君も既にeighter」

さらに、真っ直ぐな言葉を紡ぐメンバーの言葉が刺さった。

「俺らについて来たら絶対大丈夫やから。間違いないから。」

こうして私は「関ジャニ∞についていこう」と決めた。

その後はとにかくいろんなメディアをチェックする日々。夜ふかしも改めて見たし、いいとも派だったけどヒルナンデスも見た。そこで気づいた。

「あれ、村上・横山って、こんなにうるさくなかったっけ?」

見事にコーナーを回している二人の姿に、私が恥ずかしくて見ていられなかったあの面影は見当たらなかった。むしろ、その出来る人っぷりにどんどん株が上がっていった。夜ふかしでもとにかく細かい気配りが垣間見える。共演者のタレコミもとにかく仕事が出来るということが多く、自分の理想像に尽く嵌っていく。そこに畳み掛けるように現場の情報を知って、足を運んだ。

それがIf or …Ⅵ。この頃には完全に村上信五を担当として認識していた。

どうして横山さんじゃなかったのか。

それは恐らく、私が随分前にある人に指摘されたことのある「同情」なのかもしれない。

とりあえず大前提として、ダンスがどタイプだ。さらにこんなに細かい気配りが出来て、何事にも真っ直ぐ全力で、それでいて大人の落ち着きもあってスマートで、なのに急に天然出したり可愛いところもあるのに、一番人気がないといじられているなんて。

村上くん、いや信五くん。ファンはここにいるよっ!そんなふうに思わせられた。

そんな時期を乗り越えて今では、「ああ無理…仕事できすぎて尊敬しかしない…村上さんとしか呼べない」と幼児帰りのような現象が起きている。

ちなみに、いまでも現場に行くたび、彼には惚れ直している。正直、本気で幻滅しそうになったのは1回だけしかない。(1回あるんかい)そんな時ですら、それでもやっぱり彼以外の担当なんて考えられなくて大号泣したんだから、恐らく彼以外を今後好きになるのは随分先の未来なんだろうと思う。

 

村上信五くん。

こんなに誇らしい担当はきっとあなたしかいません。かっこよくてかわいくてどこかえっちな君に、これからも、なるべく長く、夢を見させてほしいと願っています。